Aomori Southwest Edge

青森県の西の南のはじっこから

北上川  

宮城県石巻市を流れる北上川。日本で4番目に大きな川。
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広大な葦原は日本有数の規模。雄大な景色です。
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ちょうど今が刈り取り時期のようです。3mもあろうかという大きな葦。
4月には葦原の火入れが行われるようです。
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河口方面へ向かうと、津波の痕跡が。
ここは、着々と復興が進む仙台や石巻中心部とはまったく状況が違っています。
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瓦礫の多くは処理されていますが、まだまだ手つかずのものも残っています。もうすぐ1年。
何も無いように見えますが、何も無かった訳ではない、ここに町がありました。
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釜谷地区の元の姿が、写真となって石碑に刻まれていました。
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道路さえ、まだ本格復旧されていない。川の堤防がようやく形になった状態です。
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慰霊碑。
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規模はまったく違いますが、1983年日本海中部地震の際、私たちも海から目と鼻の先である校庭に避難しました。
避難訓練でもそうしていました。歴史を紐解くと過去に津波が発生していたにもかかわらず、です。
当時、地震調査報告書において、津波は発生しないとされていたようです。
報告書作成者は一研究者だけではないと思いますので、故意か怠慢か分かりませんが、
ある理由があって敢えて「津波」を外した可能性も指摘されています。

近所の人が津波の情報を得て、私たちを促して高台の方に逃げました。
私たちもとっさに逃げましたが、先生達はなぜかすごい剣幕で私たちを叱り、必死に制止しました。
逃げた私たちは再び校庭に呼び戻され、改めて整列し、全員揃って、行進するようにして高台に避難しました。
高台から見る海は既に引き波が始まっていて、いつも素潜りでアワビやサザエを獲る海水浴をする海岸が異様なほどむき出しになっていました。
その後、第一波、第二波、第三波と押し寄せる津波をただ眺めていました。
私たちの小学校と同様に、大川小学校の裏手もすぐ山です。

神社。私の地区の神社も高いところにあります。
私はまったく信仰心がありませんが、
はかり知れないものを畏れる気持ちを忘れないために、
古くから存在し続ける神社には意味やメッセージが込められていると思うようになりました。
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東日本大震災からまもなく1年。

日本海に津波のあった北海道南西沖地震から19年、日本海中部地震から29年。



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category: その他

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コメント

真実の光景ですね

こんばんは v-286

私の住んでる家は以前は田圃でした
昔の写真を見るとこんな所に家は有りませんでした
裏の田圃の横を流れる川の水面までの高さは3mくらいです
大潮の満潮時は勿論潮が上がってきます

ちゅおりんさん 遠征中ですか
マスコミが出さない画像ですね v-424v-424v-424

URL | ヤッターわん #-
2012/02/21 19:16 | edit

ヤッターわんさん、こんばんは。
遠征は2日間だけでしたのですでにいつもの日常生活に戻っていますよ。
わずかですが復興に接する機会を与えていただいた2日間でした。
日本の教育やマスコミやハリウッド映画のような綺麗事の外には、
口に出せないことがたくさんありますねということを感じた2日間でした。
とはいえ私も偉そうなこと言えるような人間ではないので偉そうなことを言えるように
頑張ろうと思った次第です。
私の家のある場所も昔は何もないところでしたので、なぜだろうと思っていたら、
最近になって土石流警戒区域に指定されました。
というかこのへん一体がその区域に含まれてしまいました。コワイヨー。
というか日本全体が災害危険区域ですね。

URL | ちゅおりん #-
2012/02/21 22:01 | edit

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